役者・ボディビル・政治家として

シュワちゃんこと、アーノルド・シュワルツェネッガーという人間の凄さは俳優としてでなく、その他の分野においても多彩といえます。原点とも言えるボディビルの世界でもそうですが、その後に繋がる俳優として、そして政治家としての色を持ち始めるとまた一段と貫禄を増していきます。政治の世界に携わるとさすがに俳優業だけとは行かなくなるため、2004年にカリフォルニア州知事に就任した際には彼が俳優として精力的に活躍する事は減っていった。それを残念と思った人もいるでしょうが、同時にそれまでの軌跡が政治の世界に入るためだけのステップだったとも罵る人も当然いたと思います。

あらゆる分野で活躍していたシュワちゃんですが、日本の芸能人が鳴り物入りで政治の世界へ参入するのと比較すれば、彼の活躍は一目瞭然。特に芸能界を引退して政治の世界へ足を運ぼうとした嶋大輔が、なれなかったからと発言を撤回して復帰するという呆れたケースと比較すれば分かるはずだ。

1つ言えるのは、政治の世界に足を踏み入れてもシュワちゃんの道はリアルコマンドー並みに険しかったこと、それも間違いではなさそうだ。

政治家としての顔色は

では政治家として立派に振る舞えていたかといえば、残念ながら一概にそうとも言えないのが事実です。端的に言えば、本当にどうして政治の世界に興味を示したんだろうと感じる人が多かったほどだ。そこまで出来なかったのかというと、それでもまだ日本の芸能人政治家と比べればまだマシかもしれません。確かにこれまでの事を考えると、カリフォルニア知事として州のため骨身を削って献身的な政治活動をしていく中で、様々な事をしていった。

おおまかにまとめると

といった事が挙げられる。

彼が就任した時からカリフォルニア州の財政は危機的な状況で、シュワルツネッガー氏の就任によりきっと状況が打破されると信じられていたという。そう誰もが疑ってやまなかったと言われていますが、その実として政治活動時における矛盾などが影響をもたらしたケースも少なくはなかったのです。

同性婚に対する反対意見として

政治家となったシュワちゃんの政治思想で、個人的に一番印象として残っているのは『同性愛』について考えている点だ。同性愛そのものについて反対していないものの、同性婚という結婚レベルの話になると恋愛とは違って容認出来ないと述べたのだ。同性愛については認めているが、同性婚だけはダメだという、この違いは何か。

やはり内在していることといえばキリスト教という点だろう。宗教的な問題もあって、容易に認めてはいけないというのがシュワちゃん自身の見解だったのかもしれませんが、後にアメリカ全土で同性婚が公に出来るようになったことを思うと、その苦労は報われなかったと言える。

死刑に対する考え方

シュワちゃんは正確に言えばアメリカ人ではなく、オーストリア人が本来の国籍だ。この国では死刑制度を1950年に廃止しており、それは本人も認めている点でもあった。ですが任期の折に死刑恩赦請求を出していた元ギャングの『スタンリー・ウィリアムズ』に対しては、証拠を鑑みても死刑は不可避だという結論を下す。これにより順当に死刑執行が行われたが、政治家としての判断は国外のオーストリアにまで反感を呼ぶようになる。

スタンリー元死刑囚についてはノーベル平和賞にノミネートされていたという背景もありましたが、それ以前にオーストリア人が死刑を肯定することの方が問題でしょう。この判断により、生まれ故郷であるオーストリアにおいて自身の名が掲げられたサッカー球技場の『アーノルド・シュヴァルツェネッガー・スタジアム』の名前が撤去されることになる。撤去するにしても権力争いなどから議論が帰結しなかったことから、彼自身が使用禁止にするよう通達しているということから、色々と話題を集めたのが見て取れます。

プライベートでもしっちゃかめっちゃか

知事として駆け抜けた7年間の任期、途中には選挙で敗退するのではとも言われながらもなんとか2011年まで活躍をしていったものの、評判はあまり良くない。そもそも財政状況が改善されたとは言いがたい状況でもあったため、尚の事この期間は何だったんだと問いかけてくる人も多かったようだ。

話題をはらんでいた点についてもそうだが、その後には20年という時間を連れ添った家族と別離するというスキャンダルまで飛び出す。しかも自身の邸宅にて雇っていたメイドと一線を越えた関係で、あまつさえ隠し子までいることも明らかになった。夜は夜でコマンドーしていたようだが、そうしたネガティブな話題からも知事として活動していくのは難しいと判断してのことだろうか。真相は知る人ぞ知るといったところだが、役者としてスクリーンの中で活躍していた時と変わらぬ奔放さがシュワちゃんの経歴でもあるようだ。